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アグアスカリエンテスを心の故郷とし、日本人の考え方を実践するフ カワ・ヒメナ、日本のカルソニック・カ...

アグアスカリエンテスを心の故郷とし、日本人の考え方を実践するフ カワ・ヒメナ、日本のカルソニック・カンセイのメキシコ人リーダー

メキシコの人材には国境はなく、このアグアスカリエンテスを第二の故郷とする女性は、
その典型的な例である。ヒメナ・レイ・アレオラ・フカワは、才能を仕事及び個人的にも
発揮できる特性を持って生まれてきた。それは、二重国籍である。

ヒメナは、メキシコ人の父と日本人の母の間に生まれた。そのため、心はアグアスカリエ
ンテスで、考え方は日本人である。メキシコシティ出身ではあるが、州内に11年住んでか
ら、彼女の人生を変えたアグアスカリエンテスを第二の故郷と思っている。

アグアスカリエンテスに来る前、ヒメナは小さい頃から日本人と付き合っていたため、非
常に違った考え方を持っていた。

“いつも日本の影響を受けて生きてきました。両親は、家の一部を日
本人に貸していたし、祖父母には、日本のテレビ番組を録画して送っ
てもらっていました。日本製の本なども買ってくれました。機会があ
れば、日本に連れて行ってくれて、日本の家族と過ごすこともできま
した。日本の従兄弟の通っている学校の授業に出たこともあります
。”

高校を卒業してから、これから先、日本へ行きたいなら、自分でその道を見つけるように
言われ、それを最初に実現できたのは、2000年に開催されたジュニア・サミットへの参加
であった。このサミットは、世界各国から天才少年少女が集まるコンクールで、その年は
沖縄での開催が決まっていた。

“わたしの始めてのグローバルな経験でした。1ヶ月間15カ国の若者
たちと過ごし、日本人とパネル・ディスカッションをする内容を決め
たり、講義を聞いたり、冒険心と平和というユニークなテーマに基づ
き、イベント参加などをしました。”

メキシコに帰ってから、ヒメナは、メキシコ自治大学で国際関係学部に入学し、同時に、
もう一度日本に行くため日本語の勉強も始めた。大学で日本語の講師になり、日本語の先
生をして溜まったお金で、お母さんから引き継いだ違う文化を学ぶことを継続することに
した。

彼女の才能を信頼したアグアスカリエンテスの企業

大学を卒業してから興味のある仕事を発見した。それはアグアスカリエンテスのカルソニ
ック-カンセイが通訳を募集していたことで、これがヒメナの最初の正式な仕事になる
。“カルソニック・カンセイに入社してから、私の夢は、夢ではなく、一生を通してのプ
ロジェクトになりました。”
ヒメナは、まずは、英語、日本語、スペイン語の通訳の仕事を始めた。自動車の生産工程
や構成品は何も知らなかったが、研究心が高く、色々なことを学ぶ姿勢を見せたため、彼
女の上司は彼女から特別な才能を見出し、新しい職を提供した。

ヒメナとカルソニック・カンセイ・メキシコの同僚たち

“メキシコ人と日本人の恵まれた上司により、日本語のレベルも伸び
、工程の専門用語から技術の基礎知識も教えてもらいました。”

通訳として数年働いてから、彼女のメキシコ人上司の一人から新規プロジェクトの管理部
門での職を与えられた。取引先の新製品やサービスに関する要求を受けてから、生産、納
入できるまで、納期、資源、材料の管理をする課で、まさに完全な創造性と発想を必要と
する課であった。

この分野におけるヒメナの仕事ぶりは、数年後の係長、そして最終的にある部の部長への
昇格までつながり、大好きな日本で働く機会を与えられることになる。

“アグアスカリエンテスの設備効率を良くすること、日本本社で開発
している前工程を知りたいと思う好奇心が叶い、日本で9ヶ月の研修を
受けることができました。これによって何かを変えたい時は、基から
変えなければならないということを理解するためには十分な時間でし

日本、古い友達

この考えの下、ヒメナは、強い意志で日本の滞在に戻った。これにより、新車プロジェク
トの部長になることが可能になったわけである。これは女性で初めてのことである。 “
同僚の支援にはともうれしかったです。しかし、私の目標は、本社のグローバル事業を担
当することでした。”

ヒメナは、夢でもあり、その役職を勝ち取るのにかなりの努力が必要であった役職を辞め
なければならない困難な判断を強いられた。そのため、日本人上司の一人に相談し、自分
が会社に貢献できる内容を説明し、上司の支援を要請した。

彼女の上司は、本社に残れる手続きを実施することを手伝ってくれた。しかし、その役職
に就くためには、部長職認定の試験を受けなければならなかった。試験を受けた結果、期
待していた通知が届いた。カルソニック・カンセイ株式会社は、グローバル新車プロジェ
クト管理部の部長職を彼女に許可したのである。これにより、社内で初めてメキシコ人女
性の部長が誕生したのだ。

ヒメナは感動でいっぱいだった。35歳になったばかりで、夢を達成してしまったのである
。この夢にまで見た職に就いてから約1年になり、アグアスカリエンテスを第二の故郷と
するヒメナは、これからも上を目差して進んでいく。

“日本の文化に関する知識はあっても、これは、全てに対する挑戦で
した。私のお父さんの年齢に近い日本人の男性に囲まれて仕事をして
います。言葉がわかって、日本の習慣が理解できても、まだ、完全に
信頼されたとは思っていません。しかし、地道に仕事を覚え、仕事に
対するやる気を見せていけば、結果はついてくると信じています。”

ヒメナは、カルソニック・カンセイ株式会社のグローバル新プロジェクトの分野で効率的
で維持継続できる仕組みを作ろうとしている。彼女の目標は、自動車産業だけではなく、
他のセクターでも使える仕組みを作り出すことである。つまり、多様性を求めることであ
る。

“これが私のルーツに名誉を与え、グローバル化に少しでも貢献する
ための目標です。どこに向かっていくか、何が足りないか、理解し、
それに専念し、明確な展望を持っています。私だけの努力と仕事では
ありません。裏には、私の人生の中で大きく支えてくれた貴重な人達
の犠牲があります。まずは、私の恋人、両親、兄弟、友達、同僚など
、私を信じてくれた人に深く感謝しています。”

心の中のアグアスカリエンテス

アグアスカリエンテスを離れてから、ヒメナは、心の中に特別な思いを持っている。ゆで
たとうもろこしのチャスカスや豚肉のカルニータスを今でも食べたいと思っている。そし
て、アグアスカリエンテスのワインも懐かしい。彼女が日本にいる間、家族はアグアスカ
リエンテスに引越し、第二の故郷として住んでいる。“私のために、アグアスカリエンテ
スに引っ越したわけではありません。治安の問題です。日本と同じくらい安全に感じると
言っています。日本語を周りの人が話さないだけです。でもいつかきっとそうなると思っ
ています。”

マルティン・オロスコ州知事とリカルド・マルティネス州経済開発省長官は、日本訪問時、
ヒメナと日本在住の13人のアグスカリエンテス出身者と会う機会を持った。州知事は、ア
グアスカリエンテス出身者に与えられている機会に大変驚き、また、カルソニック・カン

セイ株式会社の重役とも、そのことに関して会見を持ち、ヒメナのようなサクセス・スト
ーリーがもっと作り出されることをお願いした。

“仕事は楽しいし、わくわくし、大好きです。時計との戦いはストレ
スになるけど、目標を達成しなければならないストレスも、グローバ
ル・チームの仕事の結果が出て、他の仕事が成功するのを見ることで
とてもうれしく感じます。”


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